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小児滲出性中耳炎とその後遺症疾患の原因となる中耳調圧不良
について

臨床からサイエンスへ サイエンスから臨床へ
―日本耳鼻咽喉科学会専門医試験に是非とも出題して欲しい5つの問いー

10ℓの空のペットボトルを4個準備

外気圧

ABCDのボトル

問2

変形のないAボトル

ピーク圧

重要なのは

ABCDと並んだボトルの中で

バネ定数の低下した鼓膜

外気圧

調圧能

同じピーク圧

同じピーク圧

この自然科学

鼓膜3M

調圧不良グラフ1

グラフ2

グラフ3

滲出性中耳炎

その人の耳の将来は6歳までに決まってしまうといって過言ではありません。
その原因は、小児滲出性中耳炎です。急性中耳炎は全くと言ってよい程後遺症を残しません。一方滲出性中耳炎は、必ず後遺症を残します。その後遺症を最小限にすることが小児滲出性中耳炎には極めて重要です。

滲出性中耳炎の1人/400人は大人になってから手術の必要な真珠腫性中耳炎を発症するとされています。
私の目指す治療はそれをなくすことです。各務原市に3歳児健診、一年生耳鼻科検診にDPOAE(歪成分耳音響放射)検査を導入したのもそのためです。そのDPOAEの結果をどう判断するかは耳鼻咽喉科医の科学力にかかっています。
中耳の圧の調節能が悪い人が後遺症を発症します。当院には調圧能を定量的に(数値としてみる)加圧室を設置しました。

子供たちには輝く未来があります。たかが耳でその輝きが失せるのを私は何としても阻止したいという強い思いがあります。

院長 村上力夫

DPOAEの耳鼻科検診でのスクリーニングにおける極めて高い有用性

私は、聴力検査のできない2〜4歳児の滲出性中耳炎による聴力損失の程度を、保護者にどう説明すればよいか悩んでいました。そこで出会った検査法がDPOAE検査です。簡単に言えば、この検査は、入力(音刺激)→中耳伝音系→内耳感音系→中耳伝音系→出力のような形態をとったものです。これまでは内耳感音系の検査として認められており、他覚的聴力検査としては余り評価されていませんでしたが、その大きな理由は、DPOAEの出力(以下DP値と略す)が聴力正常者でも低いことがあるからです(偽陽性が多い)。しかし、それこそが「DPOAE検査の最大の特徴である」ことが我々の研究で判明しました。

2〜4歳滲出性中耳炎児の伝音難聴をDP値の低下で示せることを、私は調査対象640耳のデータを分析した論文にまとめ、それは2015年滲出性中耳炎診療ガイドラインにも採用されました。私はこの論文を書いている時、あることに気付きました。それは鼓膜の「へたり」が見える被検者全てが、聴力は良いのにも関わらずDP値が低下しているという事実です。データ採取のための調査対象約800耳の内20%近くに滲出液がなくなり、聴力は正常に戻ったにも関わらずDP値が極めて低く示され、それらを除外しなければなりませんでした。 実に、この「へたった」鼓膜こそが、滲出性中耳炎後遺症疾患群と言われる癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎に至ると考えました。そこで物理学者の指導協力を得て物理学的に解明する研究に取りかかり、鼓膜の「へたり」が調圧能を悪くすることを検査により数式(指数関数)の圧半減期等で立証することができました(後述)。東大での日耳鼻総会で発表後、論文にします。

中耳伝音系は、鼓膜を含めバネで構成されています。鼓膜の「へたり度合」を中耳実効バネ定数低下と関連付けて数値化する方法を「滲出性中耳炎による鼓膜の物理的特性の変化」で先に報告し、既に論文になりました。そこに示したように、滲出性中耳炎既往耳のほとんどは、聴力正常に復しても、鼓膜バネ定数が低下し、DP値も低くなっていました(図1)。また DP値とバネ定数は強い相関を見せました。つまり、一過性のもの以外の滲出性中耳炎は必ず後遺症(鼓膜バネの低下)を残すということです。

中耳圧を外気圧と同じ圧に保ち、なおかつ鼓膜の位置を自然状態にもどすことを調圧といいます。

鼓膜が「へたる(菲薄化する)」と、結果として中耳バネ定数が低下し、中耳は外気の圧変化に対して中耳腔容積変化で対応してしまい中耳に小さな陰圧しか作り出すことができなくなり、耳管鼓室口と耳管咽頭口の間の圧差が小さくなります。その結果、耳管を通して空気(気体粒子)を吸い込むことができにくくなります。つまり圧差こそが中耳調圧をもたらすポンプ力であり、鼓膜バネ定数低下耳は大きな中耳陰圧が作れなくなり、そのため中耳調圧能が低下すると考えられます。中耳調圧の主役となるのは、耳管を使った鼓膜バネポンプ作用なのです。

バネ定数低下がみられる鼓膜に、3Mテープを貼付してバネ補強し、加圧室で、外気圧と中耳圧に圧差を作り、嚥下で元に戻る様子をみてみると、その結果は全例(15例)に平圧になるまでの時間の著明な短縮が認められました(図2)。そしてティンパノメトリーの1/SCとDP値も有意に上昇しました。鼓膜バネ定数を大きくした以外何も手を加えていません。加圧室での、3Mテープ貼付で調圧時間が著しく短縮し、3Mテープがはがれると調圧時間は元に戻り、1/SCとDP値も元に戻る、この事実は「調圧現象(指数関数)は鼓膜バネポンプと耳管通過性の共働作業であり、1/SCが小さいことと、聴力正常にもかかわらずDP値が小さいことは調圧能が悪い」 ことを明確に立証しています。医学的にこれ以上のエビデンス(証拠)は存在し得ないと思います。鼓膜バネが弱ってバネポンプ作用が低下すると鼓膜の内陥は解除され難くなり、この鼓膜内陥解除能不良こそが後遺症疾患の元凶になるのです。これを今まで成書では陰圧解除能不良とし、耳管機能が悪いとしていました。

DPOAE検査で見つかるものとしては、①感音難聴、②伝音難聴、③鼓膜バネの低下(後遺 症疾患の原因)です。この③を検出できることがDPOAE検査法の長所にも関わらず、聴力を反映していない、偽陽性が多いという過小評価になっていたのは実に皮肉なことです。逆にDPOAE検査で異常低値を示さない耳は、将来安泰(後遺症がないという意味)といって良い訳です。いわゆる偽陰性は存在しません(オージトリーニュ-ロパチ―を除く)。偽陽性についてですが、図1は、就学時健診及び学校耳鼻科検診で要精査となり当院を受診した 5〜13歳のうち、硬性鏡検査、純音聴力検査を施行し、中耳に貯留液を認めず、鼓膜の陥凹や鼓膜に石灰化を認めず、聴力正常のもの248耳の散布図ですが、グラフの緑線より下の54耳は現実には、偽陽性として取り扱われる(DPOAEが間違っていると判定される)ことになります。しかし偽陽性となっている54耳は、滲出性中炎既往耳のみということになり、そしてそれら全てバネ定数が低下しています。これは、後遺症の危険因子、調圧不良が存在することに他なりません。

DPOAEの異常低値の児童は①は、治せませんが周囲に感音難聴があるという理解が得られます。早く見つかれば言語機能獲得治療ができます(遅くとも3歳以下)。②は、治療できます。③は、早く気づけば(遅くとも 5〜6 歳以下)後遺症(鼓膜バネ低下)を小さくするような治療ができます。DPOAE検査で異常低値の耳は、必ずその理由が存在します。それは、検査のスキルミスを除けば、①、②、③のどれかということです。①、②に関しては、学校の聴力検査より偽陽性が少なく、正確です。③の発見は極めて難しいにもかかわらず、簡単にDPOAE検査が示してくれます。各務原市では、三歳児と小学一年生を対象に DPOAE検査を施行しています。日本では初めて、世界でも初めてかもしれません。何故なら、DPOAE の結果が鼓膜バネ低下と相関していることは、まだ世界では知られていない新知見だからです。 そして、もう一つ「鼓膜バネ低下は、滲出性中耳炎後遺症疾患群の危険因子の最大のもので ある調圧能悪化の元凶である」という新知見であり、これは成書を書き直さなければならないほどの新事実です。

DPOAE検査は、侵襲もなく、短時間で施行できる現在最も優れた耳のスクリーニング検査であることを広く知っていただきたいと思います。そしてDPOAE低値の原因の一つに鼓膜バネ低下があり、中耳バネ定数を算出することで立証しました。鼓膜バネ低下耳は、鼓膜内陥を解除できにくいことも加圧室での検査でそれを立証しました。この二つの新知見を大勢の人が知ることになれば、DPOAE検査は耳の検診に不可欠なものになるのは間違いありません。

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